駒苫-林裕也が語る甲子園V2までの道のりとこれから-少年時代-

「みんな、最高だっー!」
夏の甲子園で悲願のV2を達成した直後に、雄たけびを求められてしばし沈黙の後にこう叫んだ林裕也くん。
大きな歓声に包まれたが、本人は「あれは失敗でした」と苦笑い。
前年の佐々木孝介(現駒大)先輩を見つめながら自分なら何を言うかなと考えていたそうですが、雄たけびは予想外。
「もう少しかっこよくやりたかった」
林裕也くん

常に勝つことを求められ激しいプレッシャーと闘った1年間。
チームは春もセンバツも春季大会も不調だった。
「本当に勝てないんじゃないか」
重圧を超えて再び深紅の旗が北海道に戻ってきた。
さらに国体でも勝ちにこだわった。
なぜなら元部長の暴力事件でしぼんでしまった祝勝ムードを消すためにももう一度勝たねばならなかった。
「正々堂々とやってきましたから。勝って証明したかったんです」
有終の美を飾って林君の高校野球は幕を閉じました。

この春から駒大に進学して4年後のプロ入りを目指す林裕也くん
「大学で林裕也という名前が沈まないよう、1年目からぶっ飛ばしていきます」
何とも力強く頼もしい限りです。

8年前の夏
京極小学校4年生の林君は地元スポーツ少年団の野球で「助っ人」を頼まれ試合に出ました。
それまで父(美裕喜さん)とキャッチボールをした程度。
それまでは陸上のスポーツ少年団に所属していてずばぬけて足が速かった。
全道大会の100mで優勝している。6年生の時には13.0秒という記録も。
打席では父が進めたまんま左打席に立った。
最初の打席では3塁の内野安打。

かけもちをしているうちに林君は次第に野球の魅力に引き寄せられてゆく。
「なんつっても野球が一番面白いのは、チームで戦うからですよ。その面白さは少年時代にすごくあった。陸上は1人で100m走るじゃないですか」
陸上競技は時に孤独だが
「野球は楽しくてもうれしくても仲間と一緒に喜べる」と語った。

小学校最後の試合で完敗し声をあげて泣いた。
京極中に進学したが、部活ではなく、硬式野球の余市シニアを選ぶ。
佐々木孝介は余市シニアの先輩だ。後輩には現駒苫の4番本間篤史選手もいる。
同じ後志とは言っても京極から余市までは車で片道1時間はかかる。
練習を終えて帰るのは夜9時。
送り迎えの親もまた大変だった。
余市シニアでは投手から内野まで出来る万能選手として2年生からレギュラーになる。
中3の成績は打率4割5分3厘、もちろんチーム首位。

余市シニアには、前出の佐々木孝介くん、本間篤史選手に加え、小樽潮稜の主将だった本間貴史捕手や、駒苫の2年生岡田雅寛選手など逸材がそろっていて、レベルの高い選手同士でレギュラー争いをすることで林裕也は成長していったのでしょう。
「中学までは野球を漠然とやっていたとう感じ」
野球が本当に楽しくなったのは駒大苫小牧野球部に入ってから。。。

-北海道新聞2005年11月の夕刊から-

次回「入学を決めたもの」に続く
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林裕也君の大ファンです。電話番号や、メールアドレスおしえてください。

2006.01.25 20:46 野球少年 #- URL[EDIT]

>野球少年さん
書き込みありがとうございます。
そういう個人情報はネットでは出すことが禁じられていますのでご了承下さい。
ファンレターなら駒大苫小牧野球部宛で届くかと思います。

2006.01.27 10:22 北の果族 #- URL[EDIT]

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