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「りんごの歩んだ道」―明治から現代へ、世界の“ふじ”が生まれるまで 読後その6

「りんごの歩んだ道」―明治から現代へ、世界の“ふじ”が生まれるまで 読後その1

「りんごの歩んだ道」―明治から現代へ、世界の“ふじ”が生まれるまで 読後その2

「りんごの歩んだ道」―明治から現代へ、世界の“ふじ”が生まれるまで 読後その3

「りんごの歩んだ道」―明治から現代へ、世界の“ふじ”が生まれるまで 読後その4

「りんごの歩んだ道」―明治から現代へ、世界の“ふじ”が生まれるまで 読後その5



りんご栽培が各地で広がり、日本の農業は変化を遂げました

しかし、果樹栽培には、様々な困難が待ち受けていました

「病害虫」「化学肥料」「食糧管理法」などがあげられます


中でも、一番目の苦難は、病害虫対策です

これを駆除予防する事を「防除」と言いますが、明治時代に樹を枯らさないために薬物があったわけではありません

明治21(1888)年の防除の技術としては、対処療法として、

ルイス・べーマーの教え子の農業現術生徒の「永根平教」氏が出した「果樹栽培心得」が北海道庁から出版されています

DSC_1479.jpg


虫の駆除に使われたのは「たわし」「へら」「石鹸」「石油」「苦木」「石灰」ダメなら「焼く」でした

まだ、殺虫剤も、殺菌剤も開発されていない時代では、これが最先端技術でした


アメリカでは、石油乳剤が開発され、これが農薬の始まりとなりました

殺菌剤としては、フランスが開発した「ボルドー液」が登場しています

フランスでは、ぶどう栽培での「べド病」に苦慮していて、これが開発されたのです

ボルドー液は、現在でも使われている薬品で、石灰と硫酸銅乳液で作られているものです


まだ「噴霧器」が開発されていなかったこと、殺虫剤や殺菌剤を使いこなせなかった事で、

防除が上手くいかずに廃園に追い込まれる事が発生し、地域全体で取り組まなければ効果が無い事も分かって来ました


そこで、農商務省が、明治29年に「害虫駆除予防法」を制定し、強制的な防除を進めました

明治30年に、青森で「アメリカ製の噴霧器」が使われ効果があった事で、明治43年には国産の「手押し式噴霧器」が発売され普及

粉末化したボルドー液の販売も同時期で、明治44年には、殺虫殺菌剤の「札幌合剤」が開発されています

札幌農学校の「宮部金吾」博士や試験場の技師などが、ボルドーを推奨し繰り返し教えていたようです

農家は、ボルドーのせいで落葉が落ちると信じていたため普及が遅れました

宮部教授の元で技術を得た「三浦道哉」氏は、青森県立農業試験場に着任後に研究を重ねました

三浦技師は、落葉は褐斑病のせいだと言うのを究明、更に腐乱病、モニリア病の侵入経路や生体を研究して大きな成果を残しています


りんご栽培の存亡は、この防除対策で明暗を分けて行きました


明治38年に、北海道・東北地方の病害虫の様子の記録が、北海道庁の「相沢元治郎」技師によって記録されています

岩手、福島、山形では、「りんごわたむし」が発生

山形県庁では100万駆除の方法を講じたが注意するものはなく、篤志者の辛苦は徒労に帰し、朝に駆除しても夕にはまた発生し

その駆除にほとほと疲れ「リンゴは、本県に適さない」のではないか」と言う者まで出て来た、とあります

しかし、米沢地方では、業者間の規約で駆除を遂行したため、同地方のりんご栽培はなお盛況とも


地域ごとの取り組みによって、大きな差が出て来たわけです

北海道庁の報告書によると、一番栽培に熱心だったのは、「青森県」という指摘があります

果樹の手入れが完全であり、清潔であり、薬剤から機材、顕微鏡に至るまで、設備し研究に余念がないと羨望のまなざしで報告しています


北海道でのりんごの品質が、青森県などの東北地方に及ばず、評価を落としつつあるのが何故なのかと言う分析では

栽培家が不熱心、不忠実、管理が不行き届きである結果と結論付けています

自然的には、北海道はりんご作りに適しているので、栽培方法の改良と熱心な経営に従事すれば、彼らを凌げるはずだから、覚醒を促しています

明治41年には、北海道では「花腐れ病(モニリア)」が蔓延し、大打撃を受けています


青森県では、熱心に防除に取り組み、北海道では、手の施しようが無くなっていました


多くの研究者の尽力によって、大正期に入ると、青森式栽培法が全国へと広がり定着して行きました

DSC_1478.jpg


リンゴ栽培は、岐路に差し掛かります

「日本りんご」への品種改良への道です



その7へつづく

「りんごの歩んだ道」―明治から現代へ、世界の“ふじ”が生まれるまで 読後その7

「りんごの歩んだ道」―明治から現代へ、世界の“ふじ”が生まれるまで 読後その8

「りんごの歩んだ道」―明治から現代へ、世界の“ふじ”が生まれるまで 読後その9

「りんごの歩んだ道」―明治から現代へ、世界の“ふじ”が生まれるまで 読後その10(終)



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脳の大型化に果実が後押しという記事が出ていました

この記事で思った事は

やっぱり、「りんごは知恵の実」だったのかなと言う事

日本で、同時多発的にりんご栽培が起こっていなかったなら、果物の栽培は始まっていないかも知れないからですね

りんごは、果実の総称とも言われてますし、りんご1個で医者いらずとかの格言もあったり

世界中で、りんごは愛されて来たんだと、ものすごく実感しています

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人間の脳の大型化、果物が後押しか 研究
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170328-00000004-jij_afp-sctch(記事は削除されています)
AFP=時事 3/28(火) 8:40配信

【AFP=時事】現在最も手軽に食べられるおやつ、果物のおかげで、人間は大きくて強力な脳を発達させることができた可能性が高いとの研究論文が27日、発表された。

 果物を食べることが、植物の葉などの最も基本的な食料からの重要な進歩となり、より大型の脳を成長させるのに必要なエネルギーを提供したと、研究チームは主張している。

 論文の責任著者で、米ニューヨーク大学(New York University)の研究者のアレックス・デカーシエン(Alex Decasien)氏は、「このようにして人間は、これほど非常に巨大な脳を手に入れ」、「食物の質を大幅に拡大して今の食事につながっている」と語った。

 米科学誌「ネイチャー・エコロジー・アンド・エボリューション(Nature Ecology and Evolution)」に発表された今回の研究では、霊長類140種以上の主食を調査するとともに、霊長類の食べ物が最近の進化の間にそれほど大きく変化していないと仮定した。

 研究によると、果物を食べる霊長類は、葉を主食とする霊長類よりも約25%大きな脳を持っているという。

 より大型の脳は、複雑な社会集団の中で生存、繁殖する必要に迫られて発達したとする説が、1990年代半ばから主流となっているが、今回の結果はこの説に疑問を投げかけている。

 集団の中で生き抜くという難題は、知能を高める一助となった可能性はあるが、霊長類の社会生活の複雑さと脳の大脳皮質(灰白質)の大きさとの間には何の関連性も認められないと、デカーシエン氏は指摘した。

 脳の大きさと強く相関していたのは、果物を食べることだった。

 果物などの食物は、葉などの栄養源よりも豊富なエネルギーを含んでいるため、より大きな脳を発達させるのに必要な余剰エネルギーを生み出す。

 同時に、果物が実る植物の種類やその木が生えている場所、果実をこじ開ける方法などを記憶することが、霊長類が大型の脳を成長させる助けになった可能性がある。

 また、脳が大型なほど、脳の機能を保つのにより多量のエネルギーを必要とする。

「人間の脳は体重の2%なのに、全エネルギーの25%を消費しているというのは、周知の事実だ」と、デカーシエン氏は述べた。「脳は、非常に高くつく臓器なのだ」 【翻訳編集】 AFPBB News

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NEC_0671.jpg

未だに名前がつけられていないりんごも多いです

そして似た名前のりんごが多いです
DSC_1269.jpg
更に、長い名前のりんご名が増えて困ってしまいます。。。


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