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「りんごの歩んだ道」―明治から現代へ、世界の“ふじ”が生まれるまで 読後その8

「りんごの歩んだ道」―明治から現代へ、世界の“ふじ”が生まれるまで 読後その1

「りんごの歩んだ道」―明治から現代へ、世界の“ふじ”が生まれるまで 読後その2

「りんごの歩んだ道」―明治から現代へ、世界の“ふじ”が生まれるまで 読後その3

「りんごの歩んだ道」―明治から現代へ、世界の“ふじ”が生まれるまで 読後その4

「りんごの歩んだ道」―明治から現代へ、世界の“ふじ”が生まれるまで 読後その5

「りんごの歩んだ道」―明治から現代へ、世界の“ふじ”が生まれるまで 読後その6

「りんごの歩んだ道」―明治から現代へ、世界の“ふじ”が生まれるまで 読後その7


理想のりんご作りへと歴史が移っても、それは遠く険しい道のりでした

自然界で起こる受粉を人為的にやる「人工交配」ですが、りんごは自家受粉しない(自家不和合性)わけですから、同一品種ではなく、異品種間の交配でなければ受粉しません

また、母親となる品種、父親となる品種をも遺伝子的な相性なども選抜して、交雑して試験を繰り返します

そこには、実がなるまでの時間も必要であり、交雑試験には、かなりの時間と費用がかかるわけです


昭和初期当時の優良品種は、「国光」「紅玉」「祝」「旭」「印度」「紅魁(べにさきがけ)」などですが
a_kokkoh.jpg
(国光)

そこに「ゴールデン・デリシャス」という黄色いりんごが輸入されて、親として選ばれました

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(ゴールデン・デリシャス)

今時なら「トキ」「黄王(きおう)」「星の金貨」「金星」「シナノゴールド」などと外見が似ている品種です

他にも「デリシャス」「スターキング・デリシャス」「リチャード・デリシャス」なども使われました
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(デリシャス)
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(リチャード)

「スターキング・デリシャス」は、「デリシャス」の枝替りで、東京の千疋屋さんが、アメリカのスターク商会から輸入して一世を風靡しました

https://twitter.com/kitakazoku2 のアイコン画像は、復刻版の「デリシャス」です

アメリカの新品種は、全て偶然実生で、人工交配品種ではありません

本場でもできなかった人工交配を、後発で栽培が始まった日本がやろうとしていたのです


須佐寅三郎氏が実験した、いくつかの交雑の中で、昭和5(1930)年に、「ゴールデンデリシャス×印度」があります

印度りんごは貯蔵が出来て甘い品種ですが水分が足りない、ゴールデンは栽培しにくく貯蔵がきかない

そこで、印度の貯蔵性とゴールデンの水分の長所を持つりんごが出来るのではと考えたわけです

同じく、「ゴールデン・デリシャス×紅玉」の組み合わせも同時に行われました


交雑してできた実の種を植えての繰り返しです

種から育てる事を「実生(みしょう)」と言います。実生の植物は「シードリング(seedling)」と呼ばれています

実生苗を選抜し、葉や樹勢を見ながら淘汰し、見込みがある苗だけを育てるのです

実がなるまでに淘汰された樹に、良い品種があったかも知れなと言うジレンマで苦しい作業だと思います


青森県では、この研究をバックアップして昭和6年に県立「萃果試験場」を設立、須佐技師が初代の場長になっています

昭和13年に国立の農業試験場が、青森県藤崎町に誕生します

そこに「新津宏」技師が赴任、さらに須佐技師の交雑試験を手伝っていた「村本政雄」技師技師も赴任します

青森県では、2つの試験場で競い合うように、交雑試験を同時に行うようになったのです


国立の試験場が目指した理想の品種は

早熟種「祝」よりも着色、品質に優れたもの

中熟種「旭」よりも酸味が少なく、着色品質、日持ちが良い物

晩熟種「紅玉」級で、耐病性が強く、着色品質、貯蔵性に優れた物

晩熟種「国光」に代わる品種で、栽培が容易で芳香を有し着色の良い物

味、色、貯蔵性、香り、作りやすい、そういう思いをかなえてくれる品種を求めたのです


すでに「祝」「国光」「印度」「ゴールデン・デリシャス」は、市場には出回っていません

個人的に栽培していたり、受粉用に樹を残している人は、いますけど、最近は見てないですね


日中戦争や太平洋戦争と勃発し、交配試験は危機を迎えます

多くの技師たちも招集されましたし、食料増産が主となり、果樹栽培は冷遇されるようになりました

肥料や農薬は配給停止になり、人手不足でりんご園は荒廃していきます

更には、りんごで「航空機燃料」を作る事を命令されたりで、昭和16年~20年に、りんごの交配は中断されています


ちなみに、戦中は、横文字が使えなかったため、全てに和名がつけられています

デリシャス=陽玉

ゴールデン・デリシャス=黄冠

リチャード・デリシャス=瑞光

スターキング・デリシャス=太陽


その9に続きます

「りんごの歩んだ道」―明治から現代へ、世界の“ふじ”が生まれるまで 読後その9

「りんごの歩んだ道」―明治から現代へ、世界の“ふじ”が生まれるまで 読後その10(終)


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樹は古くなると、花は咲いても小さな実しかつけなくなるようです

今の台木だと、りんごの樹の寿命は40年くらいと言われていますが

各地で残る100年超えの樹の品種のほとんどが「祝(いわい)」のようです

「江間中手」と同品種ですが、北海道では「14号」とも呼ばれます

この「祝」という名前は、当時、皇太子だった大正天皇のご成婚をお祝いして命名されたようです

少し酸味があって、ジューシーでりんごポリフェノールが多い初夏のりんごです

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今は、お盆のりんごは「つがる」に変わりましたが、以前は、青めの祝りんごが主流だったようです


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